2026年02月14日 投稿者:八田さと子
★★小川町民の多様性を見渡してみるシリーズ★★
「本当の豊かさって何だろう:キルギスで、小川町で」:里見 遥さん
スタッフの佐藤です。小川町に住む人たちの多様性をご紹介する記事を書いていこうと思っています。今日ご紹介するのは里見遥(さとみはるか)さんです。

小川町で生まれ育った里見さんは、産婦人科病院の調理師さん。今20代最後の時期を生まれ故郷で過ごされています。学齢期には近隣の学校に通って暮らしていた里見さんですが、子どもの頃から海外への興味が強く、20代中頃を青年海外協力隊として中央アジアの国キルギス共和国で過ごされました。そんな里見さんにとっての小川町のこと、キルギスへ行くまでのけっこうドラマチックな準備期間のこと、現地での経験、そしてどんな気付きや学びがあってこれからどんな道を進もうとされているのかをお聞きしました。本当の豊かさって何なのか。そんなことを考えさせられるインタビューでした。
小川町移住サポートセンター(以下サポセン):里見さんにとって小川町はどんなところですか?
里見:私のふるさとであり、都会から離れていて自然の豊かな町ですね。私の家もどちらかというと自然に近い場所にあるので、子どもの時からそんな環境で暮らしています。私が生まれるずいぶん前に、両親が小川町に引っ越してきたんです。
サポセン:東京などに憧れることはありませんか。
里見:東京は仕事をする場所ですね。「働かなきゃ」って思わされて、いつもせかせかしている感じがします。その点、小川町はゆったりした時間が流れていて、ここは生活する場所だなと感じます。それから、小川町は人と土の距離がすごく近いですよね。四季を感じられるのも好きです。例えば山菜とか野草とかを取ってお料理したりもできます。姪っ子とよもぎ団子を作ったりしますよ。その辺に生えてるものだけで生活できるんじゃないかと思うくらい豊かです。近所の方がお野菜を玄関先に置いて行ってくれたりとかもありますしね。その点、東京は人と土がすごく離れていて、ずいぶん違うと感じます。
小川町大好きな里見さんですが、実は子どもの頃から海外への興味がとても強く、高校の時にはニュージーランドへ、短大在学中には短期でカナダへ行かれたそう。そしてその後、青年海外協力隊へ。青年海外協力隊は、経済発展途上の国の支援のために日本人青年が派遣される日本政府による事業です。
サポセン:青年海外協力隊に行くというのは、なかなか勇気のいる選択ですね。どんな経緯があったんですか。
里見:ニュージーランドやカナダでの異文化体験にものすごくワクワクしたので、短大の時にもう少し長期で留学したいなと思ったんです。両親との話し合いの中で、漠然とした留学ではなく何か目的を持って海外に行った方が得るものが大きいということになり、青年海外協力隊の説明会に行ってみました。そこでのお話がとても魅力的で、協力隊として活動したいと思うようになりました。父親が協力隊のOBなので、父の経験したことに興味があったのも一つの理由でした。
サポセン:どんな職種での派遣を考えていましたか。
里見:あまり手に職が無くても行ける青少年活動のような分野もありましたが、短大で調理師免許を取っていましたし、ホテルのレストランなどで研修した経験があったので、その分野を目指そうと思いました。3年の実務経験があれば応募できるとのことでした。海運業の船舶で働いていた兄から「船にも厨房があるよ」と聞き、それならばと海上自衛隊の船上で働くことを思いつきました。
なんとも行動的な里見さん。思いついたとおり海上自衛隊に応募し、半年間の訓練の後、希望が通るとは限らない配属時に運良く調理部門に配属され、3年間船上での調理の実務を積まれました。ちょどコロナウィルスの広まった期間とも重なった数年間。一時期は、感染の広がってしまった客船での支援活動も経験されました。世間からは批判の声が強かった同客船の船内で、お客さん達が乗組員を励ます姿などに接して、心が温かくなる経験をされたそうです。3年の海上自衛隊勤務を終えて、いよいよ青年海外協力隊に応募しました。いくつかの調理系隊員の派遣先の中から、一番珍しそうな国だったキルギス共和国を選んだそうです。
サポセン:キルギスは、どんな国ですか?
里見:中央アジアのシルクロード沿いにある山の多い国で、人口は700万人くらい、広さは日本の半分くらいです。言葉はキルギス語とロシア語で、日本語とはずいぶん違うのですが、見た感じが日本人と似ている人もとてもたくさんいて、キルギス人と日本人は同じルーツから別々の場所に移っていったという言い伝えもあるくらいなんです。

サポセン:そうなんですね。いろいろな異文化体験もあったかと思いますが、何か一つ教えていただけますか。
里見:キルギスには、人々が一緒にお茶を飲む習慣があるんです。1日に多いと5回とか6回くらいお茶をします。職場でも同僚たちとお茶をすることがよくあり、仕事が予定通りには進まなくて困ったことがけっこうありました。でもその分、同僚とはよく知り合えましたし、人のつながりが大切にされていて豊かだなと感じました。
そんなキルギスで、里見さんは職業訓練校に配属され、日本食を中心に調理の指導をされました。調理師としての経験が浅いと思っていたので自信がない面もあったそうですが、普通の日本食を習いたいという需要に気付いてからは、せいいっぱい活動できたそうです。さらに、「教える」だけでなく「現地の先生や生徒たちを巻き込む」という姿勢に転換してからは、みんなの満足度が上がったとのこと。お茶の時間でなかなか仕事が進まないという異文化体験もしつつ、いろいろなことを学んだ2年間だったと言います。そんな学びについて聞いてみました。
里見:いろいろと学びがありました。一つは、人に優しく接することについてです。キルギス語のあいさつ程度しかできない状態で赴任しましたが、現地の人たちは言葉のできない人にも寛容で、私にとても優しく接してくれました。その経験があるので、今働いている産婦人科病院に来られる日本語のうまく話せない方たちにも、自然に優しく接することができています。人は優しくされると今度は自分が人に優しくできるということを身をもって知りました。
サポセン:そうですか。素敵な学びですね。
里見:もう一つ学んだのは、人とのコミュニケーションの大切さと心の余裕、そして豊かさについてです。キルギスは、一人当たりの経済規模は日本の10分の1以下でとても貧しいのですが、さっきお話したお茶の文化にも表れているように、人と人とのコミュニケーションをとても大切にする国です。そして助け合いが自然に行われています。日本は何でも時間どおりだし、効率もものすごく良いし、お金でたいていのことは解決できるけれど、その反面というのかそれが原因でというのか、心の余裕が無くなっているように見えますね。人と人のつながりや自然な助け合いもずっと少ないように思います。本当の豊かさとか発展ってなんだろうとよく考えます。
サポセン:これもまた、とても大切な経験でしたね。とてもワクワクする、そして深く考えさせられるお話をありがとうございました。
里見さんは、小川町でもキルギスのことを知ってもらおうとキルギス料理を提供するイベントなども開催して来られました。そしてなんとこの春に再びキルギスへ行かれます。とても優しく接してくれたキルギスの人たちの喜びに貢献したとの思いで、日本人観光客を迎える現地の会社でお仕事をされることになったそうです。もう一度、じっくりとキルギスの方たちと生活を共にされ、きっといろいろな経験をされることでしょう。いつか小川町に戻られたり、訪れたりされる時には、またお話をお聞きできたらと思います。お元気でご活躍ください。
キルギスの人たちのコミュニケーションや助け合いのことをお聞きして、そして里見さんが一番最初に語ってくれた小川町と東京の比較からも、本当の豊かさって何なのか考えさせられます。小川町には豊かな自然とゆったりとした時間の流れが有り、人と人の距離も近くてちょっとキルギスに似た雰囲気もあるかもしれません。そして小川町のもう一つの豊かさは、人の多様性にあると思います。様々な年代の、様々な経験をして来られた方、そして様々な暮らし方をしている人たちが住んでいる。この多様性と、その多様な人たちを抱擁する懐の大きさが、小川町をとても魅力的な場所にしています。小川町を訪ねて来られる人たちが多様性豊かな町民たちと出会い、自然の豊かさや都会へのアクセスの良さなどにも惹かれて、ご自分も移住して来られるという、そんな流れも少しずつできているようです。あなたも、そんな小川町に一度足を運んでみませんか。
(小川町移住サポートセンター佐藤)
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