手漉き和紙や酒造のふるさとであり、有機農業の草分けの地でもある小川町。
都心から電車で約1時間。豊かな自然と多様性あふれるコミニティ。
そんな小川町の移住情報をお届けします。
Ogawa Spirit
まちの記憶を受け継ぎながら暮らしていくことを、私たちは「住み継ぐスタイル」と名づけました。
このページでは小川の家をふるさととして育った人(物件オーナー)と、
その家を未来のふるさとにしていく(移住者)のエピソードを紹介します。
Information
Blog
ブログ
2026年05月15日 投稿者:八田さと子
移住担当協力隊 のこちゃんのおがわ活動日記
はじめまして!
この度、小川町の地域おこし協力隊・移住担当に着任いたしました、
野口 理美(のぐち ことみ)です。
地元は隣の寄居町で、出身は小川高校。
高校時代は放送部で映像制作に明け暮れ、大学(日本大学芸術学部)でも映画を専門に学んできました。
私の大きな夢は、「いつかこの小川町で、カンヌ国際映画祭のパルムドールを取るような作品を撮ること」。
そんな想いを胸に、卒業後3年間、東京の映像業界で修行した日々を経て、
大好きなこの地域に戻ってきました。
これからは皆さんと一緒に町全体を盛り上げながら、
小川町の魅力を発信し、移住を検討されている方のサポートを全力で行っていきたいと思っています。
【初仕事!道の駅でのブース出展】
早速ですが、去る4月25日・29日。
移住サポートセンターを飛び出し、道の駅にお邪魔してきました!
私の初仕事は「東武健康ハイキング」にいらしたお客さまに、
移住サポートセンターの存在を知ってもらうこと。
着任早々「自分にできることは何か」と考え、
周囲の皆さんのご協力のおかげで無事にブースを出すことができました。
足を止めてくださった皆さま、アンケートにご協力いただいた皆さま、
本当にありがとうございました。
【もっと気軽に、小川町のことを】
日々相談業務に携わる中で感じたのは、
「もっとライトに相談したい」というニーズの多さです。
「少しだけ話を聞いてみたい」「何ができるのか知りたい」。
そんな方々が、もっと気軽に小川町を好きになり、いつか「住みたい」と思えるようなきっかけ作りをしていきたいと考えています。
普段は駅前の「むすびめ」裏にある移住サポートセンターにおりますが、コワーキングスペース「NESTo」で作業をしていることもあります。
見かけたら、ぜひお気軽に「のこちゃん」「のぐっちゃん」「ことちゃん」などなど、声をかけてくださいね!
皆さんどうぞ、よろしくお願いいたします!


2026年05月09日 投稿者:八田さと子
「寛容な社会は自分も生きやすい」

私たちの暮らす社会には、いろいろな背景から弱い立場に置かれてしまう人たちがいます。経済的に苦しい状況の人たちや、家族からの支援が受けられない若者たち、、難民認定申請中の人たち、性的マイノリティーの人たち、何らかの差別を受けている人たち・・・。小川町には、そのような弱い立場に置かれている人たちに寄り添う活動をしているウィズ・ザ・スモールという団体があります。英語表記のWith the smallは「小さき者たちと共に」という意味。今回は、ウィズ・ザ・スモールの代表である中野智幸さんに、団体の活動と、この活動をするに至ったご本人のこれまでの歩みについてお聞きしました。
東京都の消防隊で水難救助や新生児の救命措置などに携わってこられ、退職後は今の活動に力を注いでいらっしゃる中野さんのお話は、弱い立場にある人たちへの温かいまなざしにあふれています。多様な暮らし方や活動を生み出している小川町民の豊かさと、そんな多様性を守り育んでいるこの町の懐の広さを象徴するようなお話でもありました。
移住サポートセンター(以下「サポセン」):まずはNPOの概要について教えていただけますか。
中野:はい。ウィズ・ザ・スモールは、2022年の5月に発足しました。2020年から任意団体として活動していましたが、より効果的な活動をするために主な活動は、社会的に弱い立場にいる人たちの支援です。難民認定申請中の人たちや、仮放免(※1)と呼ばれる立場の外国の方たちへの支援が主な活動ですが、社会的養護(※2)経験のある日本人の若者たちへの支援もしています。NPOのメンバーは20人くらい。町内外半分ずつくらいの人数ですね。
サポセン:具体的には、どんな活動をされていますか。
中野:はい。大きく3つの活動分野があります。住まいの支援、食の支援、そして学びの支援です。分かりやすいように、「うちくるん」「たべくるん」「みらくるん」と呼んでいます。3つ目の「みらくるん」は、学ぶことで未来が開けるという意味で名付けました。
「うちくるん」には、難民の方たちを支援する事業と、支援を必要とする日本の若者向けの事業があります。会員の持っている町内の家をお借りして難民の方に住まいを提供したり、私の所有する物件に日本人の若者に住んでもらったりしています。
「たべくるん」では、難民申請中の方たちに、小川町内の公共施設や料理屋さんで出身国のお料理を提供してもらっています。ご本人たちのやりがい作りの場でもあり、小川町の方たちにその国のことを知ってもらう場にもなっています。もう一つ、規格外の野菜やパンの販売と、規格外野菜で作ったジャムなどの販売もしていまして、こちらはフードロスの削減を目指すとともに、NPOへの若干の収入にもなっています。
「みらくるん」では、小川町在住の外国人の方向けに日本語教室を開いています。町役場主催の教室が開かれていない曜日や時間を埋める感じでやっています。そのほかに、日本の方向けに、難民の方たちの背景を知ってもらうための映画会を開いたりもしています。
小川町の中でもほかに無いユニークな活動をされている中野さんですが、そんな中野さんが小川町へ移住して来られたきっかけや、これまでの人生についてお聞きしてみました。
サポセン:小川町へは、どんなきっかけで移住して来られたのですか。
中野:はい。私は東京消防庁に勤めていたのですが、移住前は夫婦で所沢市のアパートに住んでいたんです。子供が生まれたこともあって、家を建てることにして場所を探し始めたのですが、都内に通勤できて建設価格が手ごろなこと、それから二人の故郷である新潟や山形へも関越高速で行きやすいということで、小川町を選びました。
サポセン:そうなんですね。東京都の消防では、どんなお仕事をされていたんでしょうか。
中野:消防には事務所での仕事も含めていろいろな分野の仕事があるんですが、まず誰もが経験するのが火事の時に出動する消防車での仕事で、これがみなさんがすぐに思いつくものだと思います。私もしばらくその仕事をしていました。その後20代30代のころは主に水難救助の仕事をしていました。さらに、救命士という資格を取ってからは、主に救急部門で働きました。
サポセン:いろいろな経験をされたんですね。特に思い出に残るご経験や学びになったことはありますか。
中野:救命士として仕事をしていた頃のことなんですが、新生児の救命について特に関心を持っていて勉強もしました。出産や分娩に立ち合うこともあり、無事に生まれたときにはほっとしたのを覚えています。新生児救命の際のより良い対応を目指して、職場でも動き出していました。そんな中で、海外の新生児の死亡率が高いことを知って、何かしたいと思うようになったんです。
サポセン:海外支援分野との出会いという感じでしょうか。そこから現在の活動へはどうつながっているんですか。
中野:はい。海外の新生児の死亡率を下げる活動に加わりたいと思って、海外支援のNPOの講演会などに顔を出すようになりました。勤務することも考えたのですが、年齢や言語の問題などでご縁が無かったんです。そんな中で、ネパールでの医療支援をしている団体と出会って、現地に行けることになりました。ところが、残念なことにコロナ禍の影響でその話が無しになってしまいました。それで、新生児とは違う分野なのですが日本国内の外国人の状況に目を向けるようになりました。
サポセン:そうですか。コロナの影響で今の活動につながるような流れになっていったんですね。
中野:はい。退職前からイベントなどに行っていたのですが、そんな中で難民支援協会という団体の講演会に行く機会があって、そこで一番最初にお話しした「仮放免」という制度についてや「日本における難民認定率の低さ」などについて学んで、自分でも何か動いてみたいと思うようになりました。別の団体でのことなんですが、品川にある入管の施設に相談ボランティアとしていく機会があり、現場に接してさらに支援したいという気持ちが強まりました。入管での相談ボランティアは、退職後も続けていたんです。そんな経験から、小川町で難民支援の活動を立ち上げ、徐々に応援してくれる人たちとも出会って、現在に至ります。
サポセン:活動での課題や、これからやりたいことはありますか。
中野:はい。まず課題は運営資金の不足です。居住支援では一部の部屋を有償でお借りしているほか、生活費の支援もしているのですが、そのための資金が不足しています。これからしてみたいことは、この課題とも関係するのですが、もっとたくさんの人たちに日本国内の難民の状況やウィズ・ザ・スモールの活動を知ってもらって、支援につなげられるようにしたいと思います。
サポセン:最後に、中野さんにとって小川町がどんな町か聞かせていただけますか。
中野:都内に勤めていた頃は、帰ってくるとリフレッシュできる場所と感じていました。やや田舎な感じもあって近所付き合いも都会より濃いのですが、その分地域の人たちにはとても良くしてもらいました。今では、ウィズ・ザ・スモールの活動を中心に、自分のいるべき場所になっています。
中野さんは、小川町の中で買い物に困っている方たちのお手伝いもしようと、東小川地区にあるUECHUコミュニティスペースを使って、新しく物販活動も始められました。弱い立場にある人たちに温かい支援を届けている中野さんたちの活動が継続し、さらに発展していくことを願っています。貴重なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。
小川町には、本当に様々な暮らし方や活動をしている方々がいらっしゃいます。多様性小川町の包容力に触れて、たびたび小川町を訪れてくださる方たちや、移住して来られる方たちもいらっしゃいます。あなたも一度いらっしゃってみませんか。
<用語解説>
※1 仮放免
日本での正式な在留資格の無い人を、人道的な理由などから入国管理局の施設での収用を解いて社会に出すこと。仮放免状態の人は仕事をすること、健康保険に加入すること、自由に移動することはできない。正式な在留資格が無いことから日本では「不法滞在の一種」と説明されることがあるが、仮放免者の多くは難民申請をしている人たちであり、出身国での迫害を逃れてきた人もいるので、その人たちのことをまとめて不法と呼ぶことには問題が有ると指摘されている。日本でのこの扱い方や解釈は世界の一般的な扱いから見るととても特殊で、国際的にはこのような人たちは「不法」という解釈はされておらず、事情があってそのような状況になっているという意味で「非正規滞在者」のように呼ばれている。労働も生活保護も受けられない状態や、仮放免の子どもたちが医療も十分に受けられない状況には、国連機関からも懸念や改善勧告が表明されている(※1-1)、(※1-2)。
※1-1 国際人権(自由権)規約委員会「第7回日本定期報告書審査にかかる総括所見」2022年11月原文9ページ「難民及び庇護申請者を含む外国人の処遇」第32項、第33項(特に33-(C)など)
・原文:https://docs.un.org/en/CCPR/C/JPN/CO/7
・該当部分日本語約:(全国難民弁護団連絡会議と難民支援協会による非公式訳)
・上記に対する日本政府からの情報提供 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100930238.pdf
※1-2 Concluding observations on the combined 4th and 5th periodic reports of Japan : Committee on the Rights of the Child (UN. Committee on the Rights of the Child (80th sess. : 2019 : Geneva)
p12 I. Special protection measures 「Asylum-seeking, migrant and refugee children」42項
https://digitallibrary.un.org/record/3794942?ln=en&v=pdf#files
※2 社会的養護
何らかの理由で家庭での養育が困難だったり、家庭での養育が適当でない状態の子どもたちを、社会が責任をもって保護し養育する仕組み。虐待や貧困、親の死亡・病気などの要因があり、児童養護施設や里親制度などが具体的な例。
2026年05月02日 投稿者:八田さと子
空き店舗の活用事例の紹介
ときどき印度にいくので、休むうどんcafe |田中慎太郎さん
最近の空店舗活用の例から、小川町らしいユニークなお店とそのオーナーをご紹介します。田中さんは移住サポートセンターに今年初めに相談に来てくださり、その後、地域の方のご紹介で一般社団法人日本きもの文化伝承推進機構が運営するきもの文化伝承館の一階に店を構えるに至りました。和の素敵なコラボですね。
下記リンクから、小川町の情報発信サイトスモリバの記事をご覧ください。
ちなみに、小川町は商工会、商店会と協力し「小川町起業創業等支援補助金(空き店舗等利活用事業)」事業を数年前から展開しています。毎年少しずつ幅広い事業者さんに活用いただける内容に変化しています。ぜひ、小川町で空き店舗を活用した出店をお考えの方はご確認ください。
2026年04月01日 投稿者:八田さと子
小川町の教育に触れる
~第21回大人・教職員のためのおがわ学セミナー(3月18日)報告~
移住先を選ぶうえで、子どもたちが地域と深く関わりながら学べる環境は大きな魅力です。小川町では、地域を舞台にした実践的な学び「おがわ学」が展開されており、暮らしと教育がつながる豊かな学びの場があります。今回はその現場に潜入!?したスタッフの佐藤がレポートいたします!
おがわ学は、小川町内の小学校、中学校、高校の児童生徒が、地域資源を題材にして小川町の文化・歴史・産業などについての理解を深める小川町独自の学習の仕組みです。さまざまな教科と関連付けながら、自分たちで調べ、町民や町内のお店や農業者などから話を聞き、一部では体験もして、地域活動に参加したり、課題解決に取り組んだりします。これを通して、子どもたちの郷土への愛着と誇り、課題解決力を育むとともに、関わる大人の学びにもつなげています。
そんなおがわ学を町内外の大人や教職員にも知ってもらおうと開催されているのが「大人・教職員のためのおがわ学セミナー」という企画。今回は3月18日に小川中学校1年生の社会科の授業の中で行われているおがわ学を実際に見学させていただけるということでワクワクしながら出かけてきました。授業後には、セミナーの参加者と授業を担当されている社会科の先生との意見交換の場もあり、たくさんの質問や提案が出て盛り上がりました。

この社会科の授業では、「おがわ学」の考え方を取り入れて、中学1年生が「「小川町元気プラン」グランドデザインを作ろう」という活動をしています。生徒たちが5、6人のグループに分かれて、小川町のことを調べ、町のより良い将来像を構想するというもの。今回は、将来像を作るための基になる小川町の現状についてどんなことを調べたか、そしてそこから自分たちで考えた将来構想の大枠の案が発表されました。今後、ここからさらに考察を進めて、しっかりとした町の将来構想を作っていく予定だそうです。
たくさん行われているおがわ学の取り組みの中で、この授業の一つの特徴は、おがわ学と社会科の学びが上手に組み合わされていること。小川町の実際の場所や数字を使いながら、地図や統計の考え方など社会科の内容が学べるように設計されています。多くのおがわ学が、総合の時間に行われていて、特定の科目と紐づいていないのと少し違います。
小川中学校1年生には二つの組があるので、発表も二つの教室で行われました。私が見学した教室で発表した六つの班のテーマは、「大人も子供も楽しめる!魅力ある小川町」「自然と調和したコミュニティ空間」「若者の移住」などでした。最近の小川町への移住者の傾向や、小川町の自然の豊かさ、交通の便などについて調べて、今後さらに多くの人に魅力を知ってもらう方法として、商店街を作るとか、カフェ巡りを企画するなどの案を発表してくれました。
今回の「おがわ学セミナー」では、授業見学の後に参加者と教員による意見交換の場が設けられました。10人ほどで輪になって行われた意見交換の場では、先生への質問や、授業の今後への案などが次々と出され、とても盛り上がりました。
先生からのお話で印象に残っているのは、今日の発表に至る準備期間の生徒たちの様子についてです。発表では緊張していて単調な話し方に見えた生徒たちですが、準備段階ではグループ内で活発に話し合ったり先生に質問したりしていたそう。そのこと自体が大きな成果だとおっしゃっていました。本当にそうですね。セミナー参加者の皆さんも、学びの場としての今回の授業の意義を高く評価されていました。一方で、グランドデザインという大きな将来構想をすることに慣れていない生徒たちにとっては、なかなかハードルが高そうだというのも先生のご感想でした。それも確かにそうでしょう。それは、大人でも同じかもしれません。そんな壁を突破するためにも、今回のような意見交換の場はとても大切だと思います。
先生からは、今後への展望も教えてもらいました。今回の基礎作りからさらに発展させて、2年生での修学旅行で他の地域との比較をしたり、3年生では将来構想の形にしていきたいとのこと。そして、その途中途中では町民の皆さんにも協力いただきたいと思っていること、例えば観光案内所・移住サポートセンター「むすびめ」などにも関わってもらえるとうれしいとのことでした。ぜひとも関わらせていただきたいと思います。
参加者の皆様からもたくさんの意見が出されました。「生徒たちの自主性と楽しいという気持ちを大切にしてほしい。」「小川町に関わっている大学ゼミなどとも連携して、多世代参加型の場を作っても良いのではないか。」「今回は、朗読的な発表だったので、自分の表現で話せるように伝え方の工夫も学んでほしい。」「カフェの運営などで実践を取り入れても良いのではないか。」などなど。先生もそれぞれの意見や質問に丁寧に回答されていました。
今回のセミナーは、参加者が小川町の教育に少し関わることのできる場だったように思います。とてもワクワクする企画でした。意見交換の場で出された意見を参考に、この授業が、そしておがわ学がさらに素晴らしいものになっていくことを願っています。貴重な機会をいただき、ありがとうございました。取材と写真の使用をご了承くださった参加者の皆さまにも、心から感謝いたします。(小川町移住サポートセンター佐藤)
2026年02月26日 投稿者:八田さと子
小川町に本社と工場を構えるセキネシール工業株式会社。
一見すると町工場の佇まいだが、ここで生み出されている製品は、日本のものづくりを足元から支えている。
同社が製造しているのは、エンジン内部に使われるガスケット素材。
ガスケットとは、部品と部品の接合部分からオイルなどが漏れないようにする重要な部材である。身近な例でいえば、お弁当箱のふたに付いているゴムのパッキンの役割を思い浮かべるとわかりやすいだろう。
自動車やトラック、農機具などに使われるオイルシートやビーターシート。その分野で同社は国内トップシェアを誇っている。
しかし、その技術の源流は――和紙にある。
和紙から工業素材へ。転換の決断
関根家は江戸時代末期から続く紙漉きの家系であった。
だが、洋紙の普及により和紙の需要は低迷する。
転機をつくったのは、現社長・**関根俊直**さんの祖父である。和紙の技術を応用し、ガスケット素材となるオイルシートを開発。高度経済成長期の自動車産業の拡大とともに、同社は大きく成長していった。

オイルシート ガスケット
伝統を守るだけでなく、「活かして変える」。
その選択が、今日のセキネシール工業を築いている。
現在は電気自動車分野への対応など、新たな素材開発にも力を注いでいる。時代の変化に応じて技術を磨き続ける姿勢は、創業以来変わらない。
人を育てることが、未来をつくる
関根社長が特に重視しているのが、人材の確保と育成である。
会社の未来を担う人材を、近隣地域に限らず全国に目を向けて探している。採用の先にあるのは移住だ。小川町へ移住した社員には、3年間にわたり月額15,000円の住宅補助を支給する制度を設けている。また、同社所有の旧社員寮をシェアハウスとして活用する構想もあるという。
社長自身が子育て世代であることもあり、若い世代への支援の重要性を強く意識している。男性の育児休業制度の導入などが評価され、Paternity(父性)× X(多様性・新しい働き方)を意味する「埼玉PX大賞」を受賞した。
▶ 令和6年度 埼玉PX大賞 受賞企業インタビュー動画【セキネシール工業株式会社(大賞)】
町とともに、発展する企業へ
関根社長は小川町生まれ、小川町育ち。
自動車部品メーカーや人材ベンチャー企業を経て家業を継承した。
後継者としての挑戦の姿勢は各所で注目され、インタビューからは、地元に根付いた製造業として雇用を生み出しながら、会社の発展と町の未来を重ねて考える若き経営者の覚悟が伝わってくる。
和紙の技術から始まり、エンジンの心臓部へ。
セキネシール工業の歩みは、小川町という土地に根ざしながら、時代とともに進化し続ける企業の姿そのものである。
関根さんの人柄や率直な思いは、ネットラジオ「おがわのね」でも聴くことができる。
▶ おがわのね(小川町にいる「あの人」の話を聴いてみるネットラジオ)

関根俊直さん セキネシール工業株式会社代表取締役社長。 1988年小川町生まれ、小川町育ち。自動車部品メーカー、
人材ベンチャー会社を経て小川町にある家業の会社を継承した。
COPYRIGHT 小川町移住サポートセンター All Rights Reserved.