手漉き和紙や酒造のふるさとであり、有機農業の草分けの地でもある小川町。
都心から電車で約1時間。豊かな自然と多様性あふれるコミニティ。
そんな小川町の移住情報をお届けします。
Ogawa Spirit
まちの記憶を受け継ぎながら暮らしていくことを、私たちは「住み継ぐスタイル」と名づけました。
このページでは小川の家をふるさととして育った人(物件オーナー)と、
その家を未来のふるさとにしていく(移住者)のエピソードを紹介します。
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2026年06月13日 投稿者:八田さと子

2026年06月12日 投稿者:八田さと子
移住担当協力隊 のこちゃんのおがわ活動日記 vol.2
みなさんこんにちは!
安定しない天気に、ちょっぴり長めの5月病を患っていた、地域おこし協力隊 移住担当「のこちゃん」こと野口理美です。
みなさんも、最近の気温差や気圧の変化にはくれぐれもご注意くださいね…!
さて、今回は小川町ならではの、とってもディープで面白いイベントをレポートします!
イベントレポ:【ガロア博士と行く!生き物観察ぐるぐるツアー】
小川町が誇る「資源循環」の現場を、実際に見て、歩いて、肌で感じる「ぐるぐるツアー」。
当日は汗ばむほどの快晴で、まさに絶好のツアー日和でした。
今回のテーマは「植物や生き物の生態」。
集合場所は、小川町消防署の奥にある堆肥組合です。
スタート直前、今回の先生であるガロア博士(石井さん)から、
「森に入る前の、今の景色をよく覚えておいてくださいね」
という謎めいた一言が。何が起きるんだろう?とワクワクしながら、いざ出発しました!
◯移住して初めて知る、小川町の自然のリアル
歩き始めてすぐ、ヘビや蛾の幼虫(!)に遭遇したり、多様な植物に触れたり。
中でも驚いたのは、こちらのアライグマの足跡です。
まさか小川町にアライグマがいるなんて!
環境への適応能力が非常に高く、どんな場所でも繁殖してしまうため、今は数を増やしているのだそうです。

(小さい足跡がありました。夜行性らしいので人間が姿を見ることはほとんどないそうです。)
そして、こちらの2枚の写真。
実は、同じ場所で前と後ろを振り返って撮ったものなんです。
全く景色が違いますよね。片方は「人間が手を加えて植えた林」、
もう片方は「自然に自生した林」です。
みなさんはどちらがどちらか分かりますか?


地質の話や、人間の営みによって作られた土地の歴史など、奥深いストーリーを聞きながら里山を歩くこと約2時間。
お昼は、知る人ぞ知る小川町の秘境「二階沼」で解説を聴きながら、みんなで美味しくお弁当をいただきました。
(二階沼に吹く風が、水面を揺らしている様子)
◯ツアーを終えて感じたこと
たくさんの生き物、豊かな自然、そしてそこに暮らす人々。
「地球ってみんなで共に生きてきたんだな」と、なんだか壮大な気づきを得ることができました。
普段生活していると当たり前になってしまう自然の価値を、立ち止まって考えるとても良いきっかけになりました。
そして、ここで冒頭のガロア博士の言葉を思い出します。
「森に入る前の、今の景色をよく覚えておいてくださいね」
ツアーの終わりがけ、博士からこんな問いかけをされました。
「森に入る前と今とで、感じる景色はどう違いますか?」
「この里山に入る前の自分に、なんて声をかけてあげたいですか?」
ただの「綺麗な自然」だった景色が、生き物たちの営みや歴史を知った後では、全く違う
「命の詰まった世界」に見える。
そんな心の変化をプレゼントしてくれた言葉だったんだ、とハッとさせられました。
(たくさんの生き物がいる上横田の里山)
実際に小川町に移住してきた私も、住んでいるからこそ見落としてしまいがちな地域の奥深さを再発見でき、とても充実した時間となりました。
「小川町の自然豊かな環境で、深い暮らしがしたい」と考えている方には、ぜひ一度体験していただきたい世界です!
次回ツアーに関しても、こちら移住サポートセンターからもお知らせいたしますね!
それでは、今回はここまで!
以上、のこちゃんでした。次回もお楽しみに!
2026年05月15日 投稿者:八田さと子
移住担当協力隊 のこちゃんのおがわ活動日記
はじめまして!
この度、小川町の地域おこし協力隊・移住担当に着任いたしました、
野口 理美(のぐち ことみ)です。
地元は隣の寄居町で、出身は小川高校。
高校時代は放送部で映像制作に明け暮れ、大学(日本大学芸術学部)でも映画を専門に学んできました。
私の大きな夢は、「いつかこの小川町で、カンヌ国際映画祭のパルムドールを取るような作品を撮ること」。
そんな想いを胸に、卒業後3年間、東京の映像業界で修行した日々を経て、
大好きなこの地域に戻ってきました。
これからは皆さんと一緒に町全体を盛り上げながら、
小川町の魅力を発信し、移住を検討されている方のサポートを全力で行っていきたいと思っています。
【初仕事!道の駅でのブース出展】
早速ですが、去る4月25日・29日。
移住サポートセンターを飛び出し、道の駅にお邪魔してきました!
私の初仕事は「東武健康ハイキング」にいらしたお客さまに、
移住サポートセンターの存在を知ってもらうこと。
着任早々「自分にできることは何か」と考え、
周囲の皆さんのご協力のおかげで無事にブースを出すことができました。
足を止めてくださった皆さま、アンケートにご協力いただいた皆さま、
本当にありがとうございました。
【もっと気軽に、小川町のことを】
日々相談業務に携わる中で感じたのは、
「もっとライトに相談したい」というニーズの多さです。
「少しだけ話を聞いてみたい」「何ができるのか知りたい」。
そんな方々が、もっと気軽に小川町を好きになり、いつか「住みたい」と思えるようなきっかけ作りをしていきたいと考えています。
普段は駅前の「むすびめ」裏にある移住サポートセンターにおりますが、コワーキングスペース「NESTo」で作業をしていることもあります。
見かけたら、ぜひお気軽に「のこちゃん」「のぐっちゃん」「ことちゃん」などなど、声をかけてくださいね!
皆さんどうぞ、よろしくお願いいたします!


2026年05月09日 投稿者:八田さと子
「寛容な社会は自分も生きやすい」

私たちの暮らす社会には、いろいろな背景から弱い立場に置かれてしまう人たちがいます。経済的に苦しい状況の人たちや、家族からの支援が受けられない若者たち、、難民認定申請中の人たち、性的マイノリティーの人たち、何らかの差別を受けている人たち・・・。小川町には、そのような弱い立場に置かれている人たちに寄り添う活動をしているウィズ・ザ・スモールという団体があります。英語表記のWith the smallは「小さき者たちと共に」という意味。今回は、ウィズ・ザ・スモールの代表である中野智幸さんに、団体の活動と、この活動をするに至ったご本人のこれまでの歩みについてお聞きしました。
東京都の消防隊で水難救助や新生児の救命措置などに携わってこられ、退職後は今の活動に力を注いでいらっしゃる中野さんのお話は、弱い立場にある人たちへの温かいまなざしにあふれています。多様な暮らし方や活動を生み出している小川町民の豊かさと、そんな多様性を守り育んでいるこの町の懐の広さを象徴するようなお話でもありました。
移住サポートセンター(以下「サポセン」):まずはNPOの概要について教えていただけますか。
中野:はい。ウィズ・ザ・スモールは、2022年の5月に発足しました。2020年から任意団体として活動していましたが、より効果的な活動をするために主な活動は、社会的に弱い立場にいる人たちの支援です。難民認定申請中の人たちや、仮放免(※1)と呼ばれる立場の外国の方たちへの支援が主な活動ですが、社会的養護(※2)経験のある日本人の若者たちへの支援もしています。NPOのメンバーは20人くらい。町内外半分ずつくらいの人数ですね。
サポセン:具体的には、どんな活動をされていますか。
中野:はい。大きく3つの活動分野があります。住まいの支援、食の支援、そして学びの支援です。分かりやすいように、「うちくるん」「たべくるん」「みらくるん」と呼んでいます。3つ目の「みらくるん」は、学ぶことで未来が開けるという意味で名付けました。
「うちくるん」には、難民の方たちを支援する事業と、支援を必要とする日本の若者向けの事業があります。会員の持っている町内の家をお借りして難民の方に住まいを提供したり、私の所有する物件に日本人の若者に住んでもらったりしています。
「たべくるん」では、難民申請中の方たちに、小川町内の公共施設や料理屋さんで出身国のお料理を提供してもらっています。ご本人たちのやりがい作りの場でもあり、小川町の方たちにその国のことを知ってもらう場にもなっています。もう一つ、規格外の野菜やパンの販売と、規格外野菜で作ったジャムなどの販売もしていまして、こちらはフードロスの削減を目指すとともに、NPOへの若干の収入にもなっています。
「みらくるん」では、小川町在住の外国人の方向けに日本語教室を開いています。町役場主催の教室が開かれていない曜日や時間を埋める感じでやっています。そのほかに、日本の方向けに、難民の方たちの背景を知ってもらうための映画会を開いたりもしています。
小川町の中でもほかに無いユニークな活動をされている中野さんですが、そんな中野さんが小川町へ移住して来られたきっかけや、これまでの人生についてお聞きしてみました。
サポセン:小川町へは、どんなきっかけで移住して来られたのですか。
中野:はい。私は東京消防庁に勤めていたのですが、移住前は夫婦で所沢市のアパートに住んでいたんです。子供が生まれたこともあって、家を建てることにして場所を探し始めたのですが、都内に通勤できて建設価格が手ごろなこと、それから二人の故郷である新潟や山形へも関越高速で行きやすいということで、小川町を選びました。
サポセン:そうなんですね。東京都の消防では、どんなお仕事をされていたんでしょうか。
中野:消防には事務所での仕事も含めていろいろな分野の仕事があるんですが、まず誰もが経験するのが火事の時に出動する消防車での仕事で、これがみなさんがすぐに思いつくものだと思います。私もしばらくその仕事をしていました。その後20代30代のころは主に水難救助の仕事をしていました。さらに、救命士という資格を取ってからは、主に救急部門で働きました。
サポセン:いろいろな経験をされたんですね。特に思い出に残るご経験や学びになったことはありますか。
中野:救命士として仕事をしていた頃のことなんですが、新生児の救命について特に関心を持っていて勉強もしました。出産や分娩に立ち合うこともあり、無事に生まれたときにはほっとしたのを覚えています。新生児救命の際のより良い対応を目指して、職場でも動き出していました。そんな中で、海外の新生児の死亡率が高いことを知って、何かしたいと思うようになったんです。
サポセン:海外支援分野との出会いという感じでしょうか。そこから現在の活動へはどうつながっているんですか。
中野:はい。海外の新生児の死亡率を下げる活動に加わりたいと思って、海外支援のNPOの講演会などに顔を出すようになりました。勤務することも考えたのですが、年齢や言語の問題などでご縁が無かったんです。そんな中で、ネパールでの医療支援をしている団体と出会って、現地に行けることになりました。ところが、残念なことにコロナ禍の影響でその話が無しになってしまいました。それで、新生児とは違う分野なのですが日本国内の外国人の状況に目を向けるようになりました。
サポセン:そうですか。コロナの影響で今の活動につながるような流れになっていったんですね。
中野:はい。退職前からイベントなどに行っていたのですが、そんな中で難民支援協会という団体の講演会に行く機会があって、そこで一番最初にお話しした「仮放免」という制度についてや「日本における難民認定率の低さ」などについて学んで、自分でも何か動いてみたいと思うようになりました。別の団体でのことなんですが、品川にある入管の施設に相談ボランティアとしていく機会があり、現場に接してさらに支援したいという気持ちが強まりました。入管での相談ボランティアは、退職後も続けていたんです。そんな経験から、小川町で難民支援の活動を立ち上げ、徐々に応援してくれる人たちとも出会って、現在に至ります。
サポセン:活動での課題や、これからやりたいことはありますか。
中野:はい。まず課題は運営資金の不足です。居住支援では一部の部屋を有償でお借りしているほか、生活費の支援もしているのですが、そのための資金が不足しています。これからしてみたいことは、この課題とも関係するのですが、もっとたくさんの人たちに日本国内の難民の状況やウィズ・ザ・スモールの活動を知ってもらって、支援につなげられるようにしたいと思います。
サポセン:最後に、中野さんにとって小川町がどんな町か聞かせていただけますか。
中野:都内に勤めていた頃は、帰ってくるとリフレッシュできる場所と感じていました。やや田舎な感じもあって近所付き合いも都会より濃いのですが、その分地域の人たちにはとても良くしてもらいました。今では、ウィズ・ザ・スモールの活動を中心に、自分のいるべき場所になっています。
中野さんは、小川町の中で買い物に困っている方たちのお手伝いもしようと、東小川地区にあるUECHUコミュニティスペースを使って、新しく物販活動も始められました。弱い立場にある人たちに温かい支援を届けている中野さんたちの活動が継続し、さらに発展していくことを願っています。貴重なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。
小川町には、本当に様々な暮らし方や活動をしている方々がいらっしゃいます。多様性小川町の包容力に触れて、たびたび小川町を訪れてくださる方たちや、移住して来られる方たちもいらっしゃいます。あなたも一度いらっしゃってみませんか。
<用語解説>
※1 仮放免
日本での正式な在留資格の無い人を、人道的な理由などから入国管理局の施設での収用を解いて社会に出すこと。仮放免状態の人は仕事をすること、健康保険に加入すること、自由に移動することはできない。正式な在留資格が無いことから日本では「不法滞在の一種」と説明されることがあるが、仮放免者の多くは難民申請をしている人たちであり、出身国での迫害を逃れてきた人もいるので、その人たちのことをまとめて不法と呼ぶことには問題が有ると指摘されている。日本でのこの扱い方や解釈は世界の一般的な扱いから見るととても特殊で、国際的にはこのような人たちは「不法」という解釈はされておらず、事情があってそのような状況になっているという意味で「非正規滞在者」のように呼ばれている。労働も生活保護も受けられない状態や、仮放免の子どもたちが医療も十分に受けられない状況には、国連機関からも懸念や改善勧告が表明されている(※1-1)、(※1-2)。
※1-1 国際人権(自由権)規約委員会「第7回日本定期報告書審査にかかる総括所見」2022年11月原文9ページ「難民及び庇護申請者を含む外国人の処遇」第32項、第33項(特に33-(C)など)
・原文:https://docs.un.org/en/CCPR/C/JPN/CO/7
・該当部分日本語約:(全国難民弁護団連絡会議と難民支援協会による非公式訳)
・上記に対する日本政府からの情報提供 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100930238.pdf
※1-2 Concluding observations on the combined 4th and 5th periodic reports of Japan : Committee on the Rights of the Child (UN. Committee on the Rights of the Child (80th sess. : 2019 : Geneva)
p12 I. Special protection measures 「Asylum-seeking, migrant and refugee children」42項
https://digitallibrary.un.org/record/3794942?ln=en&v=pdf#files
※2 社会的養護
何らかの理由で家庭での養育が困難だったり、家庭での養育が適当でない状態の子どもたちを、社会が責任をもって保護し養育する仕組み。虐待や貧困、親の死亡・病気などの要因があり、児童養護施設や里親制度などが具体的な例。
2026年05月02日 投稿者:八田さと子
空き店舗の活用事例の紹介
ときどき印度にいくので、休むうどんcafe |田中慎太郎さん
最近の空店舗活用の例から、小川町らしいユニークなお店とそのオーナーをご紹介します。田中さんは移住サポートセンターに今年初めに相談に来てくださり、その後、地域の方のご紹介で一般社団法人日本きもの文化伝承推進機構が運営するきもの文化伝承館の一階に店を構えるに至りました。和の素敵なコラボですね。
下記リンクから、小川町の情報発信サイトスモリバの記事をご覧ください。
ちなみに、小川町は商工会、商店会と協力し「小川町起業創業等支援補助金(空き店舗等利活用事業)」事業を数年前から展開しています。毎年少しずつ幅広い事業者さんに活用いただける内容に変化しています。ぜひ、小川町で空き店舗を活用した出店をお考えの方はご確認ください。
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